少量多品種工場・町工場のDX実践ガイド|成功ポイントと導入ステップ
製造業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の波は、もはや大企業や大規模工場だけのものではありません。人手不足や技能継承の課題を抱える少量多品種工場・町工場においても、DXは経営課題を解決する重要な手段として注目を集めています。
むしろ小規模工場だからこそ、デジタル技術を活用した業務効率化や技能伝承の仕組みづくりは急務となっています。本稿では、限られたリソースで効果的なDXを実現するための具体的なアプローチと、実際の導入事例をご紹介します。さらに、成功のポイントとなる実践的な導入ステップについても解説していきます。

少量多品種工場・町工場におけるDXの意義
DXとは何か
DXとは、単なるデジタル化やIT導入ではありません。デジタル技術を活用して、業務プロセスやビジネスモデルを抜本的に変革し、競争力を高めていく取り組みを指します。製造業では特に、IoT(Internet of Things)やIndustry 4.0の文脈で語られることが多く、現場のデータをデジタル化・見える化することで、生産性向上や品質改善を実現していきます。
また、DXは単なる効率化だけでなく、新たな価値創造や事業変革の機会をもたらす可能性も秘めています。例えば、収集したデータを分析することで、新たな製品開発や顧客ニーズの発見につながる可能性があります。
なぜ小規模・少量多品種でもDXが必要なのか
小規模工場が直面している最大の課題は、熟練技能者の高齢化と後継者不足です。長年の経験で培った技能やノウハウを、いかにして次世代に引き継いでいくかが喫緊の課題となっています。
また、顧客ニーズの多様化により、多品種少量生産への対応力が求められています。従来の職人技に依存した生産体制では、急な仕様変更や納期短縮要請に柔軟に対応することが難しくなってきています。
さらに、大手メーカーとの取引において、コスト競争力や品質保証への要求は年々厳しさを増しています。加えて、脱炭素社会への対応として、エネルギー使用量の可視化や環境負荷低減への取り組みも求められています。
これらの課題に対して、DXによるデータ活用と業務プロセスの最適化は、小規模工場でも十分に効果を発揮できる解決策となります。特に、デジタル技術の進歩により、導入コストは年々低下傾向にあり、小規模工場でも実現可能な選択肢となってきています。
小規模現場ならではのDX推進の壁と課題
投資コストや資金面の不安
小規模工場にとって、DX投資の最大の壁は資金面での制約です。導入コストに対するROI(投資対効果)の見極めが難しく、経営判断に踏み切れない企業も少なくありません。特に、受注量や売上高の変動が大きい中小企業では、大規模なシステム投資に対する不安が大きいのが実情です。
しかし、近年ではクラウドサービスの普及や、低コストなIoTデバイスの登場により、初期投資を抑えた形でのDX推進も可能になってきています。また、各種補助金制度の活用により、投資負担を軽減することも可能です。
IT人材・専門知識の不足
町工場の現場では、製造や加工の熟練者は豊富にいても、ITシステムを扱える人材は極めて少ないのが現状です。外部のSIer(システムインテグレーター)やコンサルタントに依頼することも検討されますが、こちらも費用面でのハードルが高くなりがちです。
この課題に対しては、地域の産業支援センターやIT支援機関の活用、また段階的な人材育成計画の策定が重要となります。最近では、ノーコード・ローコードツールの登場により、専門的なIT知識がなくても、ある程度のシステム構築が可能になってきています。
現場の抵抗感・属人化
長年続けてきた紙ベースの管理や、経験則に基づく作業手順を変更することへの抵抗感も大きな課題です。特に、品質管理や段取り作業が特定の職人の技能に依存している場合、そのノウハウをデータ化することは容易ではありません。
この課題を克服するためには、現場の声に耳を傾け、デジタル化による具体的なメリットを丁寧に説明していくことが重要です。また、デジタル化により標準化された作業手順を確立することで、属人化の解消にもつながります。
少量多品種・町工場DX事例
自動車部品メーカーにおける協働ロボット導入による自動化事例

協成産業株式会社では、空調用エアフィルター製造工程において、エアネイラによる釘打ち作業の自動化を実現しました。小ロット多品種生産が主体の同社では、これまで自動化が困難とされていた工程に協働ロボットを導入することで、以下の成果を上げています。
- 人材不足問題の解決:募集をかけても集まりにくい作業工程の省人化を実現
- 品質向上:人手による作業と比較して、より正確で美しい仕上がりを実現
- 作業環境の改善:大きな打刻音を伴う作業から作業者を解放
導入にあたっては、エアネイラを把持する専用ハンドを開発し、複数の教示ポイントを設定することで、効率的な作業の自動化を実現しています。特筆すべきは、従来のロボットプログラミングと比較して操作が容易で、一般的なパソコン操作スキルがあれば誰でも扱えるシステムとなっている点です。
金属加工業におけるマシンテンディング自動化事例

三條金属株式会社では、24時間稼働の金属加工工程において、協働ロボットによるマシンテンディングシステムを導入しました。NC旋盤機へのワーク投入および取り出し作業を自動化することで、以下の効果を実現しています。
- 人件費削減:年間1.5~2人分の経費削減を達成
- 生産性向上:人手と比較して加工数量が増加
- 安定した稼働:休憩や作業ムラのない連続稼働を実現
システムは以下の特徴を持っています。
- マルチロボットハンド:扉の開閉、ワーク脱着、エアブロー機能を1つのハンドに統合
- 大容量ワーク供給マガジン:180個のワークを事前セット可能(セット作業約10分)
- 移動式架台:ロボットとマガジンを一体化し、レイアウト変更にも柔軟に対応
特に注目すべきは、「ロボットファースト」の考え方を導入し、ロボットの特性に合わせて周辺工程を最適化することで、当初の予想を上回る生産性向上を実現した点です。
熟練作業をセンサーとIoTで記録・分析
プレス加工を専門とする町工場では、熟練工の作業をセンサーで記録し、データ化する取り組みを実施しました。工具の動きや、加工時の温度・圧力などのパラメータを収集し、良品となる最適な条件を分析。これにより、若手作業者でも安定した品質を実現できる仕組みを構築しています。
既存設備にPLCや安価なIoTデバイスを後付けすることで、初期投資を抑えながらデータ収集を実現。現場の職人と密にコミュニケーションを取りながら、使いやすいシステムづくりを心がけました。特に、データの可視化方法については、現場作業者の意見を積極的に取り入れ、直感的に理解できる表示方法を採用しています。
DX導入のステップとコツ
現場の課題整理と優先度づけ
DX導入の第一歩は、現場の本質的な課題を見極めることです。不良率の高い工程、段取り替えが頻繁な工程、人為ミスが多発する工程など、デジタル化による改善効果が高い領域を特定し、優先順位をつけていきます。
この際、以下の観点から評価を行うことが重要です。
- 改善による経済効果
- 導入の容易さ
- 現場の受容性
- 横展開の可能性
スモールスタートでPoCを実施
一気に全工程のデジタル化を目指すのではなく、特定のラインや工程単位で実証実験(PoC:Proof of Concept)を行うことが重要です。小規模な成功事例を積み重ねることで、現場の理解と協力を得やすくなります。
PoCを実施する際のポイントは以下となります。
- 明確な評価指標の設定
- 実施期間の明確化
- 現場担当者の巻き込み
- 結果の可視化と共有
専門家の活用と補助金の検討
DX導入において、適切な外部専門家の活用は成功の鍵となります。中小企業診断士やITコーディネーターなどの専門家に相談することで、自社に最適な技術選定や導入プロセスの設計が可能になります。弊社でも導入支援をトータルサポートするサービスを提供していますので、ぜひお気軽にご相談ください。
また、経済産業省や中小企業庁が実施する各種支援制度の活用も検討すべきです。例えば「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」や「IT導入補助金」などを利用することで、初期投資の負担を大幅に軽減できます。さらに、都道府県や市町村レベルでも独自のDX支援制度を設けているケースが多く、地域の産業支援センターなどに相談することをお勧めします。
社内体制づくり・教育
DX推進には、全社的な取り組み体制の構築が不可欠です。経営者、現場リーダー、IT担当者などで構成されるプロジェクトチームを組成し、定期的な進捗確認と課題解決を行います。
特に現場スタッフの巻き込みは重要です。導入初期から現場の意見を積極的に取り入れ、使い勝手の良いシステムを目指すことで、デジタル化への抵抗感を軽減できます。また、導入後の操作研修や、システムの保守・運用を担当する人材の育成計画も事前に検討しておく必要があります。
具体的な取り組みとしては以下が挙げられます。
- 定期的な勉強会の開催
- マニュアルの整備
- トラブル対応フローの確立
- 成功事例の共有
DXにかかるコストとROI試算の考え方
DX導入費用の内訳
DX導入にかかる費用は、主に以下の項目で構成されます。
- ハードウェア費用:センサー、IoTデバイス、ネットワーク機器、PC・タブレット端末など
- ソフトウェア費用:生産管理システム、クラウドサービス利用料、ライセンス費用など
- 導入支援費用:SIerへの委託費、コンサルティング費用
- 運用保守費用:システムの保守・メンテナンス費用、クラウドサービスの月額利用料
- 教育研修費用:操作研修、システム管理者育成にかかる費用
これらの費用は、導入規模や対象範囲によって大きく変動します。また、クラウドサービスを活用することで、初期投資を抑えることも可能です。
ROIを算出するポイント
投資対効果の試算では、以下の項目を具体的に数値化することが重要です。
- 人件費削減効果:残業時間の削減、夜間無人運転の実現による省人化
- 品質改善効果:不良率低減、手直し工数の削減、クレーム対応コストの削減
- 生産性向上効果:段取り時間短縮、設備稼働率向上による生産量増加
- 営業機会拡大:納期短縮による受注増加、新規顧客開拓
- エネルギーコスト削減:設備の最適運転による電力使用量の削減
多くの企業では、1〜3年での投資回収を目標としていますが、段階的な導入により、各フェーズでの投資対効果を確認しながら進めることが賢明です。また、定量的な効果だけでなく、従業員の労働環境改善や技能伝承などの定性的な効果も考慮に入れる必要があります。
補助金・助成金の活用
DX導入時の補助金・助成金活用のポイントは以下の通りです。
- 申請前の準備:導入計画書や事業計画書の作成、見積書の取得
- 専門家の支援活用:申請書作成支援、計画の妥当性確認
- 補助金スケジュールの把握:公募時期や審査期間を考慮した導入計画の立案
- 実績報告への備え:導入効果の測定方法、エビデンス収集の準備
- フォローアップ体制の構築:補助金終了後の継続的な改善活動の計画
特に中小企業庁の「ものづくり補助金」は、設備投資を伴うDX案件との相性が良く、補助率も高いため、積極的な活用を検討すべきです。また、各都道府県の産業振興センターなどが実施する独自の支援制度も、併せて検討することをお勧めします。
補助金など協働ロボット導入を支援する制度に関しては、別記事「協働ロボット導入を支援する制度の紹介」もご参照ください。
少量多品種生産を行う町工場であっても、適切なアプローチでDXを進めることで大きな効果を得ることができます。重要なのは、自社の課題を的確に把握し、現場の実情に合わせた段階的な導入を心がけることです。
スモールスタートと現場とのコミュニケーション、そして外部リソースの効果的な活用により、限られた経営資源でもDXの効果を最大化することが可能です。補助金制度の活用や、クラウドサービスの普及により、小規模工場のDX実現のハードルは確実に下がってきています。
まずは自社の課題を見つめ直し、できるところから一歩ずつデジタル化を進めていくことで、町工場も確実にデジタルの恩恵を享受できるようになるはずです。そして、デジタル化による業務効率化で生み出された時間を、より付加価値の高い業務や新規事業の創出に振り向けていくことで、持続的な成長への道が開けていくでしょう。
人手不足や技能継承の課題に直面する今だからこそ、DXへの第一歩を踏み出すことが、町工場の競争力維持・向上につながっていくと確信しています。